新しいエネルギーに頼る前に、僅かなエネルギーで快適なくらし


新しいエネルギーに頼る前に、僅かなエネルギーで快適なくらし
ローテクが日本を救う



(有)イーアイ
代表取締役 堀内正純
(特定非営利活動法人 外断熱推進会議事務局長)


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はじめに
東日本大震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また、被災された方々、福島第一原子力発電所(以下、福島原発)の放射能放出で避難をされている皆様にお見舞い申し上げます。


東日本大震災直後の福島原発の停止と放射能の放出、そして計画停電は、電気に頼っている産業界、国民生活に大きな打撃と不安を与えている。ご存知のように、電気は貯めておくことができないエネルギーで、発電と同時に光と同じ速さで家庭や事業所に届く。また、電気の使われ方は常に変化している。発電所は毎日の発電量を予測し発電供給しているが使用量が発電量を増えないことが絶対条件となる。1967年までは年間の最大電力や1日の使用量の最高が大体12月~1月の冬季に発生していた。これは、日照時間が短い冬季の午後6時前後の照明需要が大きな要因となっていたためであった。その後エアコンなどの冷房空調機器の著しい普及に伴い、夏の7月~9月にピークが出るようになった。現時点での今夏の需給状況は、最大電力(5,500万kWと想定*昨年夏の最大電力は、7月23日に5,999万kWを記録)に対して供給力(4,650万kW)が大幅に不足する見通しと言われている。
 夏の電力対策として、自動販売機の停止や工場の操業時間の夜間へのシフト等が言われているが、1970年代のオイルショック時には、省エネルギー対策の一環として、TV放映の昼間及び深夜放送の休止、ネオンサインの早期消灯やガソリンスタンドの日曜休業などの処置が取られた。また、プロ野球も照明の消費電力をセーブするために平日のナイターの開始時間を繰り上げ、週末・祝日は薄暮を含めたデーゲームで開催していたことを思い出す。


暮らしの中の省エネ(節電)と地球温暖化防止


 世界で唯一の被爆国として、原子力に不安をもっていた国民は、教育とTVコマーシャルの影響か、CO2を排出しないエネルギーとして原子力発電をいつのまにか受け入れ(享受し)、すでに、日本の電力需要の約30%を供給している。原発事故前に電気事業連合会は、2019年には原子力発電が41%を供給すると予想している。一方政府は、地球温暖化防止対策として1990年比、2020年までに25%のCO2削減を国際公約にしている。今回の福島原発事故で、事業者及び政府が言ってきた、原子力の安全神話が崩れ、これからの原子力発電所の新設は困難となり、代替エネルギーの創出が喫緊の課題となっている。代替エネルギーとしてLNG(液化天然ガス)が中心になると言われているが、LNGも石油、石炭と同じ化石燃料である。そこで、マスコミや行政、専門家、環境問題を語る人々は自然エネルギーの活用を声高く唱える。太陽光発電・風力発電・地熱エネルギーなどである。しかし、太陽光は、夜間や曇りの日には照らさないし大量に貯めておくことはできない。風力は、風が止まると動かない。地熱エネルギーは安定しているが希薄なエネルギーである。
政府は、暮らしの中の省エネ(節電)を言う。家庭や職場の暖房温度を下げる、冷房温度を上げる。使うエネルギーを最小にして、自然エネルギーを活用する。
 大変結構な考え方であるが、穴だらけの容器(断熱性・気密性のない住宅)に水(冷暖房)を入れても水(エネルギー)は漏れるだけである。

欧州連合(EU)の考えと動き


2010年6月、欧州連合(以下「EU」という。)において、建築物のエネルギー効率にかかる指令(省エネ建築物指令)が改正・交付された。EUは2002年に「建物のエネルギー性能に関する2002年12月16日の欧州議会及び理事会指令2002/91/EC」(以下「2002年指令」という)を制定し京都議定書で決められた削減数値をクリアしようとしていたが、その2002年指令を廃止して、より高い目標を達成すべく、新たにより厳しい「建物のエネルギー性能に関する2010年5 月19日の欧州議会及び理事会指令2010/31/EU」(以下「2010年指令」という。)を制定した。
 上記2010年指令について外務省・欧州連合日本政府代表部一等書記官の菅昌徹治(すがよし てつじ)氏が、建設新聞に寄稿した「EU省エネ建築物指令の改正 趣旨」に興味深い記述がある。


"ムチ、ニンジン、タンバリン"

 
EUの行政機関である欧州委員会のエネルギー総局は、今回の改正(「2010年指令」)には、①ムチ②ニンジン③タンバリンという3つのポイントがあるという。
①ムチ:建築物の最低効率要求の設定。各加盟国は、気候条件などを踏まえた最低エネルギー効率要求を設定し、新築建築物についてはこれを満たすようにしなければならないとされている。また、すべての既存建築物についても、大規模な改修を行う際には、同要求を満たすようすることとされた。これらの措置に加え、省エネ化をさらに強化するため、2020年末以降のすべての新築建築物については、エネルギー効率が非常に高い「ほぼゼロエネルギー建築物」とすることが規定された。
②ニンジン:①のような規制を確実に実施していくためには、建築物の所有者などに対し、資金の調達を容易にするなどの「ニンジン」を与え、省エネ化のためのインセンティブ(動機付け)を高めることが重要である。
③タンバリン:エネルギー証明制度の強化。各加盟国は、建築物の売買や賃貸借の際の広告においても、それぞれの建築物のエネルギー効率を記載することとなるよう、措置を講じることとされた。このような証明制度の普及を通じて、省エネ建築物市場の整備や、市民の省エネ意識の向上などを図ることが目指されている。
なお、欧州委員会は、本改正の効果の見込みとして、2020年までのエネルギー消費5~6%削減、CO2排出量の5%削減といった環境面に加え、建設業等の関連分野における28万~45万人の新たな雇用創出などによる景気回復という経済面も強調
している。(菅昌氏)


欧州連合(EU)では、「建物のエネルギー性能に関する2010年5 月19日の欧州議会及び理事会指令2010/31/EU」(「2010年指令」)を決め2020年末以降のすべての新築建築物については、エネルギー効率が非常に高い「ほぼゼロエネルギー建築物」とするとした。


建物のエネルギー性能に関するEUの指令.pdf



他人ごとではない、日本でも経済産業省、国土交通省及び環境省が連携して、有識者、実務者等から構成する「低炭素社会に向けた住まいと住まい方推進会議」では、2020~2030年に目指すべき住まいの姿として、①2020年には標準的な新築住宅でZEH(ゼロエネルギーハウス)を実現し、2030年には新築住宅の平均でZEH を達成するとともに、LCCM(ライフサイクル カーボン マイナス)住宅の早期実現を目標とする。②2020年には新築公共建築物でZEB(ゼロエネルギービルディング) を実現し、2030年には新築建築物の平均でZEB を達成を目標とすると提言している。


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「低炭素社会に向けた住まいと住まい方推進会議」の提言


建物がエネルギーをつくる社会への転換


原子力発電に頼らず、風まかせ、お天気まかせの自然エネルギーを活用するための最適な方策は、ローテクである「建物を連続して厚い断熱材で覆うこと」である。また、開口部の性能(日射取得・遮蔽)、高性能な熱交換換気の使用も同時に求められる。
 欧米や日本でも1970年代のオイルショックの後、石油に代わるエネルギーとして太陽光発電に関心が集まり、ソーラーハウスの研究と建設がすすんだ。世界的な建築物理研究機関であるドイツのフラウンホーファー建築物理研究所においてもオイルショック後にソーラーハウスの研究を行った。しかし、現在では当時の断熱・気密性能の劣るソーラーハウスはエネルギーを消費する性能の悪い住宅の見本になっている。いま、欧米で広がっているPH(パッシブハウス)、ZEH(ゼロエネルギーハウス)、PEH(プラスエネルギーハウス)は、建物の断熱性能、気密性能を飛躍的に高め、同時に開口部(窓、玄関ドア)や換気装置の性能を高めることで実現している。これは、日本でも夏冬対策としてできる手法である。


日本での事例 その1 長野県茅野市に建設されたRC外断熱の介護サービス施設


2006年9月にオープンした、RC造・2階建、延床面積約770㎡(約230坪)の介護サービス施設は、オール電化仕様で、特別な『暖房設備』はない。熱源は、人体、照明、テレビ等が発する熱と8kWのエアコンが各階に1台のみ。茅野市は、冬の最寒日には外気温が-15℃にもなるが、それでも室内温度は約20℃!また、酷暑の昨年8月、全館の室温を27℃以下にして、冷房に要した費用は、月1万円数千円!夏も快適な外断熱建物である。


コスト試算(773㎡の場合)
高断熱化・高性能窓等に伴うコストアップ分 1,500万円
同規模の施設との年間冷暖房費の比較
A:冷暖房空調費用(これまでの同規模の施設のケース)
●暖房費:冬季3ヶ月 50万円/月=150万円
●冷房費:夏季3ヶ月 30万円/月= 90万円
●中間期:6ヶ月 20万円/月=120万円 年間 360万円(80% 約290万円)
B:外断熱建物の建設初年度の年間冷暖房費(実測による) 約38万円
   差額(A=290万円―B=38万円)=約250万円
年間冷暖房費用が38万円であった1年目の場合(1500万÷250万=6.0)約6年で 償却


2年目は、年間冷暖房費(773.35㎡)が約14万円に減少。
3年目は、省エネルギー意識が更に向上し年間冷暖房費(773.35㎡)は約8万円になった。
773.35㎡(234坪)の高齢者施設の年間冷暖房費が全室快適温度で約8万円である。特別な暖房機器を設置しているわけでない。各階1台のエアコンと高性能な熱交換換気による熱交換換気で、室内の温度は厳寒期でも23℃を保っている。


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資料提供 山下研究室、綿半鋼機(株)


厚い断熱材(EPS 壁30cm、屋根40cm)に覆われたこの外断熱施設では、3年目には年間冷暖房費用が約8万円にまで激減した。外断熱化・高性能窓等に伴うコストアップ分1,500万円は、数年で償却される。経営面では快適だと利用者の評判により満室状態が確保され、働く職員も快適な環境で仕事ができる。


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長野県の介護サービス施設


その2 神奈川県横浜市に建設された木造パッシブハウス


昨年10月末に横浜市金沢区に完成したK邸・横浜パッシブハウスは、太陽光発電・オール電化エコキュート・省エネ家電・LED照明・壁面緑化・雨水活用・高断熱・高気密・高耐震などの要望に応えた住宅である。K邸は三人家族で、これまでの住んでいた住宅との違いは、建物のどこにいても室温が変わらないこと。寒さに耐えながら暮らしていた時代に毎月払っていた光熱費(電気+ガス)が、快適な暮らしをした上で約1/3になっただけでなく、太陽光発電の売電で収入が得られることである。今年の春先は横浜でも寒い日が続いたが、4月の光熱費は14,098円のプラス(収入)になった。昨年4月の光熱費(電気+ガス)は22,478円だったで、実質36,576円の得をしたことになる。


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快適に暮らして、収入を得るプラスエネルギーハウスです。


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K邸 横浜パッシブハウス


今後について


原子力に頼らなくても、快適な暮らしと二酸化炭素(CO2)排出削減を実現する方策として、木造では高断熱・高気密、RC造では外断熱があげられる。長野県茅野市のRC外断熱介護サービス施設、横浜市の木造パッシブハウスはEU諸国が2020年に実現しようとしている目標数値をすでに実現している。
 また、このような建物は今回の東日本大震災のような大災害によりライフラインが切断された場合においても、昼間の太陽熱や人体が発する熱により最悪の事態を回避できる。


その3 震災時の外断熱建物効果


秋田県大仙市に平成20年8月に完成した外断熱の介護サービス施設(RC造、2階建、延床面積993㎡)において、3月11日の地震発生(震度5強)時に施設が停電となり、回復まで30時間停電状態が続いた。外の気温は低く寒いなか、暖房器具が一切使えない状態で約30時間経過した後でも、RC外断熱の断熱性能と蓄熱効果により1階2階とも施設内の室温は20℃を下回ることなく、高齢な入居者や働く職員、施設のオーナーから大変喜ばれ感謝されている。(設計:佐貫一級建築設計事務所、構造設計及び外断熱工法アドバイザー:(株)テスク いずれも外断熱推進会議の会員である)


その4 耐震補強と同時に外断熱改修を実施


今回の震災前に、耐震補強と外断熱改修を同時に行ったオフィスビルがある。横浜市戸部にある横浜では老舗のゼネコン、(株)紅梅組本社ビルである。1976年竣工のRC造4階建、1981年の新耐震基準前の建物である。改修は、耐震診断⇒耐震改修⇒外断熱改修の順で行われた。耐震改修と外断熱改修を同時に行うことで、外断熱改修費用は単独で行うより30%程度安くできた。また、夏冬ともにオフィス環境は激変し、夏、冷房が入っていない状態でも外から来ると涼しく感じ、冬は殆ど暖房を使用しない。独自のオンデマンド管理を実施し、快適さと省エネを両立させている。そのノウハウが、同社のビジネスモデルとなっている。


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 東日本大震災と福島原発事故を経験した我々は、EU諸国の取り組みから「新しいエネルギーに頼る前に、僅かなエネルギーで快適なくらし」を実現する、ローテクである「建物を連続して厚い断熱材で覆うこと」と開口部の性能(日射取得・遮蔽)向上について真剣に取り組む必要がある。
 残念ながら、多くの建築士や行政もこのことに気がついていない。


上記原稿については、一部を変えて「財界にっぽん」7月号(財界にっぽん(株))に寄稿・・・現在発売中

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